魔界の月TOP東屋小説TOP未熟な翼3

「久しぶりだな、シュアール」
十数名もの「配下」をしたがえて、小さな庵を訪ねた初老の男は、とりあえず挨拶をした。
狭い庵はそれだけの人員を収納できずに、何人かは外で待っている羽目になった。
厳かな雰囲気と高級な衣服を身に纏い、自分たちは上級の人種なのだと無言で主張する。
仕事中だったシュアールは、ちら、と少しだけ視線をくれただけで、また手元の輝石を磨き始める。
誰かが、返事くらいしないか、と言った。
男はそれを「よい」と短く制した。この男が集団でやってくる時はいつもこうだ。
何も喋るなという合図。余計なことは言うな、という威圧の証。
「ご用は」
簡潔にシュアールは言葉を選んだ。
「ご用は何ですか。宗主様」
宗主。
この小さな世界を束ねる長老のような存在。
「ああ」
宗主は尊大に微笑んだ。人によってはそれを「威厳のある上品な微笑み」と呼ぶ。
シュアールは何も思わない。何も感じない。感じない・・・ようになった。
「今日は人間の世界の件で来た。あー、話が大きすぎてお前には無理かも知れないが」
この男は「異能族(ぼくたち)」のことを知能も弱いと思っているのか。
そして宗主は近年の人界の考え、動き、決定された事柄について語った。

「混血」を人間の世界から移動させること。
今後一切「混血」とは関わりを持たぬこと。
移動は速やかに為されること。

「異能力民族とはいえ、お前たちは一応『人間』だ。だから、立ち退く必要はない。 だが、今後『混血』には近づかないように」
「意味が」
黙って聴いていたシュアールが小さな声で言った。
「何?」
「意味が、解りません。『混血』は排除する、ということですか」
「排除とまでは言っていない。天界が引き取ると言っている」
「天界が?」
シュアールは手を止めた。
「条件付だがな。人間にとって悪い条件ではない」
「どんな条件です」
「お前には関係なかろう」
「天界が全ての『混血』を受け入れる、と確約したのですか」
シュアールは食い下がった。しかし。
「お前には関係ない」
宗主はそれ以上語らなかった。
握り締めている輝石の温度が上がる。
勝手に来て勝手にべらべらと喋っていった一同は、来たときと同じように勝手に立ち去った。
振り返りはしなかった。
シュアールはやがて立ち上がると、出来かけていた宝石を水瓶に投げ込んだ。
必要以上に熱されていた石は、水温との差に耐え切れず破裂し、結果水瓶は粉々になった。

* * *

ハトルは、急に「移動」を命じられて、困惑した。
山の向こうのそのまた向こう。飛んで行けば速いのだろうが、まだ自分には無理だ。翼は少しも成長していない。
それでも歩き続ければ、いずれは辿り着けるだろう。
そこで、「迎え」が待っているという。
「迎えって・・・何処へ行くんですか?」
「天界は君たちの受け入れを了承した。長く人界に迷惑をかけたと言っている。
魔界との戦争の収拾に時間がかかり過ぎたらしい。だが、もう大丈夫だそうだ」
何が大丈夫だというのだろうか。ハトルにはさっぱり解らなかった。
だが「人類の代表」だという人が言うのだから、確かな話なのだろう。
「じゃあ、俺たちは天界へ行くんですか?」
「天界人が了承したのだから、そうだろう」
「天使に・・・なれるんですか」
「そこまでは知らない。私たちはただの人間で、天界のルールなど知らない」
知らない・・・けれど、山の向こうへ行けばお迎えがある。天界からのお迎え・・・。
宗主様、と今まで呼んでいた人が微笑む。ハトルは人間が笑っていると幸せな気持ちになる。
人間からこんな風に微笑みかけてもらえたのは、何年ぶりだろう。
「ありがとう。お世話になりました」
ハトルは出来るだけの感謝の心を込めて、深々とお辞儀をした。
天使になれるかも知れない。そうしたら、シュアールに寿命をあげられる。
少しだけ、ハトルの心の中に希望の火が灯った。

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