魔界の月TOP東屋小説TOP未熟な翼7


「よく、僕の声が聴こえたな・・・」
シュアールはかすれた声でささやいた。ささやく程度の声しか、もう出なかった。
黒い大きな翼をひろげて、崖の上に舞い降りたハトル。
腕にシュアールを抱えている。
・・・やっぱり、とても綺麗だ。
一気に成長した友人の姿を見て、シュアールは心からそう思った。
死を感じて落下する中。暗黒の森に堕ちていく瞬間に、それは起こった。
自分の真下から、飛来する巨大な鳥。急激な成長で、その黒い肢体と翼は輝いていた。

― 黒も光るんだね ―

ああ・・・そうだよ。今のお前が、その証拠だ・・・。
記憶の中のハトルに、シュアールはやっと優しい言葉を、心の中でかけることが出来た。
「白い・・・」
ハトルは泣きそうな顔でシュアールを見下ろす。ゆっくりと膝をつき、その傷ついた体を抱きかかえる。
そっと、壊れないように。
「白い光が、見えたんだ」
「白い・・・光?」
「多分、シュアールの髪だ。それが夕陽に透けて輝いて・・・。
気になって戻ってみたら、シュアールが・・・落ちてきた・・・シュアール・・・」
そして友人を想うあまりに、一気に能力を開放させたのだ。この新しい ―― 。
それが「悪魔」と呼べるのか否か、シュアールはこの期に至っても悩んだ。
黒い髪。黒い翼。金色に変化した瞳。
しかし、その成長は、誰かを想う心が生んだものだ。それを「悪魔」と呼べるのか。
「シュアール・・・」
ハトルがもう一度、泣き声で名を呼んだ。
癒せる術がない。傷を治せる力が、自分にはない。
救うために翼をいっぱいに広げた。飛ぶために。
結果、ハトルは「悪魔」の外見のまま、大人になった。
シュアールの銀色の髪は血でこびりつき、火で焦がされ、肉体もかつての白さを失っていた。
擦り傷。切り傷。そして目を覆うほどの火傷。
俺には・・・治せない!
「ハトル・・・『山の向こう』には、行くな」
痛みに顔をしかめながら、シュアールは出来るだけ平静な声で語った。
「お前・・・は、殺される。天使に近い容貌の者だけが、救われて天界に行く。
それが、人と天界の決めた暗黙の了解らしい。この機に魔界の者を減らそうとでも、考えているのかも知れない。
・・・どっちにしても、お前は、行かない方が・・・いい」
「それ、を・・・知らせようと、して・・・シュアール・・・?」
ハトルは変色した瞳を、大きく開いた。
そんなことのために。・・・自分のために?
シュアールが焦げた指を、黒い翼に滑らせた。
何かを告げようとシュアールの唇が、微かに動いて・・・。
そのまま、その指は力を失った。
瞳は閉じられ、ハトルの腕に、「生き物」ではない「物体」としての重みがかかった。
ハトルは、沈黙した。
長く、そのまま呆けていた。
やがて。
焼け爛れた胸に、自分の顔を押し付けて静かに泣いた。
泣き続けて、そして・・・。

天を振り仰いで咆哮した。

「名も知らぬ父よ!顔も知らぬ母よ!
貴方たちのどちらが悪魔でどちらが天使だろうが、もう、そんな事はどうでもいい!
こんな翼があるから!だから期待なんかする!救いのない夢を見る!」
ハトルは、胸の首飾りを握り締めて叫んだ。
「俺は今から、悪魔になる!」

ハトルはシュアールを片手に抱き、人界の宙を飛翔した。
完成したばかりの悪魔は、炎と唸りを上げて、人界を襲った。
恐慌と混乱と絶望が、人界を駆け巡り、彼らを蹂躙した。
人間も、異能人も、同じ叫びを上げて果てた。
阿鼻叫喚。
地獄は数日間続き、急激に止んだ。



今、全ての者が忘れた森を、黒い翼の悪魔が歩いていた。
美しい鳥の翼だったそれは、いつしか真っ黒な蝙蝠の羽根に変わっていた。
先端に鏃のような牙のある、蝙蝠の羽根。瞳は猫のように細い瞳孔に変化している。
持ち得る限りの魔力を使い果たし、「何か」が抜け落ちてしまった、みそっかすな悪魔。
誰に望まれたわけでもない、二度目の誕生だった。
たった一つの宝物も、友人も、その悪魔の腕にはもうなかった。
記憶すら、あやふやなまま、悪魔は歩き続けた。
悪魔の証明ともいえる黒い翼。
それがどっちつかずの蝙蝠の羽根だったことは、この悪魔にとって皮肉だった。

彼と、炎を操る無口な悪魔との再会には、これから永い永い時を必要とすることになる。



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