無茶を、なさいましたね。
「問題ない。この程度なら数時間で治る」
切り裂かれ、血のにじむ腕。すり切れた衣服から僅かに覗く身体にも赤い物が見える。
しかし少年は手当てするでもなく、目をやるでもない。ただそのまま、冷たい床に自らを投げ出していた。
痛みを感じないわけでもないでしょう……それなのに、何故そんな無茶をなさるのですか。
声ではない声。少年にのみ聞こえるそれが、痛みに満ちる。
何処を見るでもなく開かれていた瞳が、ぱちりと瞬きをした。
「痛みを感じたとしてもそれは僕個人のみの感覚だ。
誰が巻き込まれるわけではない。誰が感じるでもない。
お前の痛みですらないはずだぞ」
軽く肩をすくめる少年が顔を上げる。視線は宙のある一点に向けられていた。
貴方の本気の力なら、貴方は一筋の血も流さないで済む。違いますか?
確かに、私の痛みではありません。私はもう、痛みを感じることはないのですから。
けれど……
「痛みではない、痛みか」
ふ、と息を吐き出し、少年が目を閉じる。
「確かに、僕の力なら一瞬で事は済むな」
では、どうして……!
悲鳴にも似た意志。しかし、少年は動じるでもなく続ける。
「別の物の代わりに血を流しているだけだ」
秘めた吐息のように、小さく。
呟いた少年は俯く。
「僕には力がある。望むべき物のために望んだ力が。
僕は僕の決めたところを進んでいける。僕自身の力で。
だが、どうしようもない事もある。僕自身の事ではない事でな。
……だから僕は代わりに流す物を決めた。
僕は死なない。泣いている時間もない。だからだ」
……メシア……
息をのんだような声。少年は息を吸い込むと顔を上げる。
今度見つめるのは宙ではなく、窓の外に見える闇。
「……彼らの流す物の全てを、とはいかないだろう。
くだらない自己満足だ。けれど、僕はそう決めた。
だからいいんだ。僕にも自己満足があってもいいだろう」
それだけ言葉に出すと、少年はふらりと立ち上がった。背にしていた扉を開け、一歩踏み出す。
扉の開いた分だけ、暗い室内に光が差し込んだ。
少年に背後……部屋に生者の姿はない。
……あまり、ご無理はなさらないでください……
ちいさな背中に向けられたのは案ずる声。
足を止めた少年は、再び肩をすくめる。
「……お前は相変わらず五月蠅いなぁ」
ぎい、ときしんだ扉が閉まる。
そこにある存在は、光でも闇でも、映し出されることはない……