浮世の浄土
長い白髪が血に染まり、それが乾き、あたかも黒髪のようだ。
髪が黒かった頃のあいつを知らない俺は、胸に深く侵食してきた
違和感に吐き気を覚えていた。
乾いた唇は半開きのまま、薄い色の瞳は閉じることも叶わず、
虚ろに空を見つめている。
見事な稜線を描く鼻筋は呼吸を止め、静かに横たわるのみだ。
顎から頬にかけて飛び散った血は、本人のものか、返り血なのか
判別できない。
五体は刀傷だらけだが、刺さった矢を無理に引き抜いたのだろう、
抉った痕も多い。
右手指に先は茶色く汚れていた。地に伏した時に土を掻いたのだろうか。
断末魔に負けじと、『生』にしがみついて。
その瞬間を物語るように、ひび割れた爪の中には隙間がないほど
土が詰まっていた。
致命傷になったのは、首根に刻まれた深い裂け目だと思われる。
骨まで達しているそれは、切れ味の悪い刃物で斬られたのか、
切断面が滅茶苦茶だ。
肩や腕が捻れているのは、倒れた衝撃で骨折か脱臼したのだろう。
―――――それでいてなお、阿弥陀丸の屍体は美しかった。

湯を沸かし、全身を丁寧に洗ってやった。
既に硬く冷たくなっている身体は、俺の力でも御し得ない。
どこかを動かすたびに軋むような感触がして、幾度も嘔吐した。
最後に食事をしてから(それは阿弥陀丸と一緒だった)
ずいぶんと時間が経っていたから、吐き出すのは胃液ばかりだ。
それでも吐き気は止まらない。
布で水滴を拭うと、白い肌に赤い傷ばかりが目立ち、荒寺に放置
されている木像のようだった。どこか、人形めいている。
そう考えてしまった俺は、より一層『生』から遠のいたその身体を見て、
破壊と愛玩という相反する二つの衝動を覚えていた。
元どおりに白くなった髪を梳く。阿弥陀丸の太刀さばきに蓬髪がうねり、
宙を踊り、無数の白銀の蛇が乱舞しているようだった。
その光景は壮絶なまでに美しかったのだと、今になって思う。
優しい曲線の眉を指でなぞり、開いたままの目頭から舌先を侵入させる。
飴玉のように眼球をしゃぶってみると、かすかに甘い味がした。
俺の唇よりもわずかに厚い阿弥陀丸のそれは、血の気を失って蒼白だ。
音がするほど深く口付け、舌を吸う。阿弥陀丸の口腔は得体の知れない
液体で湿り、その事実は俺を無性に腹立たせた。
俺は自棄のように、自分の唾液を阿弥陀丸の口内に押し付けていた。
生前より更に冷たい歯列が、俺を正気に返らせる。
一旦上体を起こし、あらためて阿弥陀丸の身体を見渡した。
数日もすれば腐敗していくだろうこの身体を、どうして愛さずに
いられよう?
これまでに阿弥陀丸に抱いてきたものとは全く別の感情が、
俺を支配していた。
愛惜とも憐憫ともつかぬ、哀しみと嗜虐心に満ちた、獣の愛情・・・。


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