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「久しぶりだな、シュアール」 十数名もの「配下」をしたがえて、小さな庵を訪ねた初老の男は、とりあえず挨拶をした。 狭い庵はそれだけの人員を収納できずに、何人かは外で待っている羽目になった。 厳かな雰囲気と高級な衣服を身に纏い、自分たちは上級の人種なのだと無言で主張する。 仕事中だったシュアールは、ちら、と少しだけ視線をくれただけで、また手元の輝石を磨き始める。 誰かが、返事くらいしないか、と言った。 男はそれを「よい」と短く制した。この男が集団でやってくる時はいつもこうだ。 何も喋るなという合図。余計なことは言うな、という威圧の証。 「ご用は」 簡潔にシュアールは言葉を選んだ。 「ご用は何ですか。宗主様」 宗主。 この小さな世界を束ねる長老のような存在。 「ああ」 宗主は尊大に微笑んだ。人によってはそれを「威厳のある上品な微笑み」と呼ぶ。 シュアールは何も思わない。何も感じない。感じない・・・ようになった。 「今日は人間の世界の件で来た。あー、話が大きすぎてお前には無理かも知れないが」 この男は「異能族(ぼくたち)」のことを知能も弱いと思っているのか。 そして宗主は近年の人界の考え、動き、決定された事柄について語った。 「混血」を人間の世界から移動させること。 今後一切「混血」とは関わりを持たぬこと。 移動は速やかに為されること。 「異能力民族とはいえ、お前たちは一応『人間』だ。だから、立ち退く必要はない。 だが、今後『混血』には近づかないように」 「意味が」 黙って聴いていたシュアールが小さな声で言った。 「何?」 「意味が、解りません。『混血』は排除する、ということですか」 「排除とまでは言っていない。天界が引き取ると言っている」 「天界が?」 シュアールは手を止めた。 「条件付だがな。人間にとって悪い条件ではない」 「どんな条件です」 「お前には関係なかろう」 「天界が全ての『混血』を受け入れる、と確約したのですか」 シュアールは食い下がった。しかし。 「お前には関係ない」 宗主はそれ以上語らなかった。 握り締めている輝石の温度が上がる。 勝手に来て勝手にべらべらと喋っていった一同は、来たときと同じように勝手に立ち去った。 振り返りはしなかった。 シュアールはやがて立ち上がると、出来かけていた宝石を水瓶に投げ込んだ。 必要以上に熱されていた石は、水温との差に耐え切れず破裂し、結果水瓶は粉々になった。 ハトルは、急に「移動」を命じられて、困惑した。 山の向こうのそのまた向こう。飛んで行けば速いのだろうが、まだ自分には無理だ。翼は少しも成長していない。 それでも歩き続ければ、いずれは辿り着けるだろう。 そこで、「迎え」が待っているという。 「迎えって・・・何処へ行くんですか?」 「天界は君たちの受け入れを了承した。長く人界に迷惑をかけたと言っている。 魔界との戦争の収拾に時間がかかり過ぎたらしい。だが、もう大丈夫だそうだ」 何が大丈夫だというのだろうか。ハトルにはさっぱり解らなかった。 だが「人類の代表」だという人が言うのだから、確かな話なのだろう。 「じゃあ、俺たちは天界へ行くんですか?」 「天界人が了承したのだから、そうだろう」 「天使に・・・なれるんですか」 「そこまでは知らない。私たちはただの人間で、天界のルールなど知らない」 知らない・・・けれど、山の向こうへ行けばお迎えがある。天界からのお迎え・・・。 宗主様、と今まで呼んでいた人が微笑む。ハトルは人間が笑っていると幸せな気持ちになる。 人間からこんな風に微笑みかけてもらえたのは、何年ぶりだろう。 「ありがとう。お世話になりました」 ハトルは出来るだけの感謝の心を込めて、深々とお辞儀をした。 天使になれるかも知れない。そうしたら、シュアールに寿命をあげられる。 少しだけ、ハトルの心の中に希望の火が灯った。 |
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