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一瞬だけ紅く染まった空は、日没とともに急激に墨を広げる。 鈍色に傾斜した空間に、男の影と、青白い輝きが対峙していた。 「・・・余計な知恵など働かさねば、もう数年くらいは生きられたろうに」 宗主は剣を持ち直した。切っ先は、未だ下を向いている。 「お前を殺すつもりは、なかった」 「僕も、貴方の邪魔をするつもりはありませんでしたよ。お父さん」 シュアールの瞳が細くなった。 「その呼び方は、禁じた筈だ」 「どうせ殺されるんでしょう。今となっては知ったことではありません」 あの時も、いや、物心ついた頃から、僕は守ってきたではないか。貴方を「父」と呼ばぬ約束を。 集団で庵にやって来るのは、「何も言うな」という圧力。 周囲には「離れて住んでいる異能族へも、気配りを忘れない統率者」というアピール。 そして「わざわざ来てやった」という自分への父親面。 だが、この男の優しさなど、感じたことは一度もない。 身内の恥を隠し続けてきただけだ。「宗主」という統率者の家から、「異能族」が出現したという恥を。 自分の名が、地位が、立場が危うくなることを恐れて、世間から隔離した。 生まれてきたことを、後悔させ。 生き続けることに罪悪感を持たせ。 そんなことを続けるくらいなら。 「いっそ生まれた時に殺せばよかったんだ!」 シュアールは慟哭した。 宗主の長刀が中空を切った。ひらり、とかろうじてかわしたシュアールの背後は断崖。 本気だ。 「今、全ての人間に事実を知らせるわけには、いかんのだ」 それはどちらの話をしている。民族の話か。それとも自分の存在か。 「人間は人間の世界をつくる。異人種は不要なのだ」 息子も。 そのためなら、血の繋がった子供も見捨てる。 それは、人界に混血を残して、各世界に去った天使や悪魔とどこが違う? 「もう一度、避けたら落ちるぞ。切られるのと転落死じゃ、どちらがラクかな」 シュアールは自分の指先に、これまで感じたことのない熱さを覚えた。 それは腕を這い登って肩に、胸に、髪に宿った。 この男のような人間が、一体あと何人居るのだろう。 自分たちの信じる世界が全て。それ以外は悪だと決め付ける愚か者が。 個人一人一人と話し合えば、冗談を言って笑い合える仲になれる奴も居るはずだ。 自分とハトルのように。 異民族であっても。異世界の住人であっても。 それを否定し、破壊する連中。彼らの行く手に、未来などない。 シュアールはかつてない熱の中に居た。感情の炎。激情の焔。 それは宝石を磨く火ではなく、荒々しい攻撃の火だ。 「終わりだ」 踏み込んで来た宗主の刀を、正面から精一杯の力で受け止める。 手の中で剣が燃え上がった。焦熱と恐怖で、宗主が剣を離す。 反動でシュアールの体が揺れた。 足の下から、地面が消えた。 終わったか。 宗主は尻餅をついたやや情けない体勢で、息を吐いた。 この高さから落ちれば、ひとたまりもない。異能人とは言え、肉体は人並み以下の奴だ。 我が子、と思ったことは、なかった。 尋常でない熱を佩びて生まれてきた赤ん坊のために、母体はもたなかった。自分は妻の死と引き換えに、一家の恥を手に入れただけだ。あの存在こそ、正に悪魔だ。人目がなければ、あれの言うとおり即座に縊り殺してやったものを。 磨き屋程度の「力」しか持たぬ半端者が、身の程知らずな。 最後の火には驚いたが・・・むしろあの状態が維持できるくらいの異能族なら、使い途もあった。 何だったのか確かめる間もなかった。 やはり放置してはおけない。あんな連中は居ない方が良い。 早く次の排除計画に移らなければ・・・。 念のために、と覗き込んだ宗主の目の前を、「ごう」と音を立てて闇色の巨大な鳥が滑空した。 凄まじいスピードのそれは、宗主の頬に風圧の切り傷をつけた。 男は顔を片手で抑えながら、『鳥』を見上げた。 すっかり宵闇に充ちた空の中、更にその姿は濃いシルエットを象って翻った。 「お、お前は・・・!」 巨大な黒い鳥は、銀色に燃えたシュアールを抱えている。 その手から、炎で新たに精製された宗主の剣が、元の持ち主を狙い放たれた。 焼け付いた剣は、宗主の胸を貫通した。 更に燃えながら剣は自身を溶解させ、宗主の肉体をも燃え尽きさせてしまった。 跡形も残らなかった。 『鳥』はシュアールを抱いたまま、その地へ静かに舞い降りた。 |
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