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「よく、僕の声が聴こえたな・・・」 シュアールはかすれた声でささやいた。ささやく程度の声しか、もう出なかった。 黒い大きな翼をひろげて、崖の上に舞い降りたハトル。 腕にシュアールを抱えている。 ・・・やっぱり、とても綺麗だ。 一気に成長した友人の姿を見て、シュアールは心からそう思った。 死を感じて落下する中。暗黒の森に堕ちていく瞬間に、それは起こった。 自分の真下から、飛来する巨大な鳥。急激な成長で、その黒い肢体と翼は輝いていた。 ― 黒も光るんだね ― ああ・・・そうだよ。今のお前が、その証拠だ・・・。 記憶の中のハトルに、シュアールはやっと優しい言葉を、心の中でかけることが出来た。 「白い・・・」 ハトルは泣きそうな顔でシュアールを見下ろす。ゆっくりと膝をつき、その傷ついた体を抱きかかえる。 そっと、壊れないように。 「白い光が、見えたんだ」 「白い・・・光?」 「多分、シュアールの髪だ。それが夕陽に透けて輝いて・・・。 気になって戻ってみたら、シュアールが・・・落ちてきた・・・シュアール・・・」 そして友人を想うあまりに、一気に能力を開放させたのだ。この新しい ―― 。 それが「悪魔」と呼べるのか否か、シュアールはこの期に至っても悩んだ。 黒い髪。黒い翼。金色に変化した瞳。 しかし、その成長は、誰かを想う心が生んだものだ。それを「悪魔」と呼べるのか。 「シュアール・・・」 ハトルがもう一度、泣き声で名を呼んだ。 癒せる術がない。傷を治せる力が、自分にはない。 救うために翼をいっぱいに広げた。飛ぶために。 結果、ハトルは「悪魔」の外見のまま、大人になった。 シュアールの銀色の髪は血でこびりつき、火で焦がされ、肉体もかつての白さを失っていた。 擦り傷。切り傷。そして目を覆うほどの火傷。 俺には・・・治せない! 「ハトル・・・『山の向こう』には、行くな」 痛みに顔をしかめながら、シュアールは出来るだけ平静な声で語った。 「お前・・・は、殺される。天使に近い容貌の者だけが、救われて天界に行く。 それが、人と天界の決めた暗黙の了解らしい。この機に魔界の者を減らそうとでも、考えているのかも知れない。 ・・・どっちにしても、お前は、行かない方が・・・いい」 「それ、を・・・知らせようと、して・・・シュアール・・・?」 ハトルは変色した瞳を、大きく開いた。 そんなことのために。・・・自分のために? シュアールが焦げた指を、黒い翼に滑らせた。 何かを告げようとシュアールの唇が、微かに動いて・・・。 そのまま、その指は力を失った。 瞳は閉じられ、ハトルの腕に、「生き物」ではない「物体」としての重みがかかった。 ハトルは、沈黙した。 長く、そのまま呆けていた。 やがて。 焼け爛れた胸に、自分の顔を押し付けて静かに泣いた。 泣き続けて、そして・・・。 天を振り仰いで咆哮した。 「名も知らぬ父よ!顔も知らぬ母よ! 貴方たちのどちらが悪魔でどちらが天使だろうが、もう、そんな事はどうでもいい! こんな翼があるから!だから期待なんかする!救いのない夢を見る!」 ハトルは、胸の首飾りを握り締めて叫んだ。 「俺は今から、悪魔になる!」 ハトルはシュアールを片手に抱き、人界の宙を飛翔した。 完成したばかりの悪魔は、炎と唸りを上げて、人界を襲った。 恐慌と混乱と絶望が、人界を駆け巡り、彼らを蹂躙した。 人間も、異能人も、同じ叫びを上げて果てた。 阿鼻叫喚。 地獄は数日間続き、急激に止んだ。 今、全ての者が忘れた森を、黒い翼の悪魔が歩いていた。 美しい鳥の翼だったそれは、いつしか真っ黒な蝙蝠の羽根に変わっていた。 先端に鏃のような牙のある、蝙蝠の羽根。瞳は猫のように細い瞳孔に変化している。 持ち得る限りの魔力を使い果たし、「何か」が抜け落ちてしまった、みそっかすな悪魔。 誰に望まれたわけでもない、二度目の誕生だった。 たった一つの宝物も、友人も、その悪魔の腕にはもうなかった。 記憶すら、あやふやなまま、悪魔は歩き続けた。 悪魔の証明ともいえる黒い翼。 それがどっちつかずの蝙蝠の羽根だったことは、この悪魔にとって皮肉だった。 彼と、炎を操る無口な悪魔との再会には、これから永い永い時を必要とすることになる。 |
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